アミロイドーシス奮闘記 予告、第1話〜第5話

グランドマスターこと『黄 龍英』先生のご指導の元、難病指定されているアミロイドーシスと戦っておられる加藤さん(仮名)。

肝臓腎臓強化部という承認制Facebookグループにて、【難病との闘い】というシリーズで、その奮闘記を投稿されていました。(初投稿は2014年8月4日)。

今回、加藤さんに、このホームページへの掲載許可をいただけましたので、できるだけ原文のまま、公開させていただきます。

難病と闘っています

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 今まで黙っていましたが,私は難病に罹っております。病名は〈アミロイドーシス〉といい,全身にアミロイド(ナイロンのような線状のもの)が発生して,血流を止めたり,神経を死滅させたりする病です。

現代医学でも完治の方法は少ないのです。

 しかし私は諦めません。中医学の権威(みなさんもご存知の)黄 龍英先生に施術していただき,西洋医学では治るはずのない病に冒された私が,回復の兆しを見せ始めているのです。

なぜここにこんなことを書くか。

 私以外にも,病で悩んでいる方は多いと思うのです。私が治っていく過程は,そんな方々を勇気づけるのではないか,そう強く感じたからこその“告白”なのです。

 私の改善過程を,どうぞみなさんと共有させてください。そしてやはり,肝臓腎臓強化は必要不可欠なのだと,高らかに宣言したいと思っています。

私の原動力

 みなさん,昨日は私の“告白”に温かい励ましやたくさんの「いいね!」をありがとうございます。今後は良くなっていくようすをシェアさせていただきたいと思います。

 第一弾として,私が毎日頑張ることができる原動力を紹介させてください。それは,職場にいる,かわいいかわいい教え子たちです。

 私は特別支援学級の担任(1人の男の子の担任)なのですが,その子が所属している学年の通常学級にも関わっています。昨年度は音楽専科,今年は書写専科としての関わりが多いです。

 5月の或る日,私は黄先生にはじめて施術していただくため,数日のお休みをいただきました。施術は大成功で,数日ぶりに職場に戻った私を迎えてくれたのは,子どもたちの笑顔と,私に対する手紙でした。子どもたち全員が,私に手紙を書いてくれたのです。

 涙が出ました。子どもたちの,こんなに純粋な思いに応えるためにも,私は完治せねばならない,その思いを強くしたのです。

第1話 はじまりはめまいから

 私が病に冒されたのは,一昨年でした。よく覚えてはいませんが,ある日を境にして,頻繁に立ちくらみを経験するようになりました。それまでも立ちくらみの経験はあったので,

「なんか最近多いなぁ」

くらいの感覚でした。当時は6年生の担任だったので,忙しさからくるものだろうくらいにしか捉えていなかったのですが,どうやら病は静かに進行していたようです。

 そう,私の主な症状は〈立ちくらみ〉〈足がつること〉なんです。でもこんなの,別段取り立てて特殊なことではないですよね。症状っていうのは,そういう“当たり前”のモノのほうが厄介なんですね。手の打ちようがないというよりも,手を打とうとさえ思わないですから。あとで分かりました。

 最初に強烈な違和感を覚えたのは,昨年の秋でした。当時は小学2年生の担任で,マラソン記録会のために担当児と一緒にマラソンコースを走っていたんです。

 練習の時,私は子どもたちのスピードを上げようとして,少し速めに走り始めました。子どもたちのスピードも,つられて上がっていきます。私は子どもたちを抜き去ってからスピードをゆるめて激励するつもりでした。ところが…

 いくら頑張って走っても,子どもを追い抜くことができなかったんです。その前年度は6年生のコースをやすやすと走り抜けていたのに,今回は低学年の児童に負けてしまう…

 私はきっと体調が悪かったのだと思いました。そして脱水症状を起こしたのだろうとも。

 その頃から,体育の学習で前回り(マット運動の前転です)ができなくなりました。ふらつきをコントロールできなくなっていったのです。そのころ私を襲ったもう一つの症状は,“激しい物忘れ”でした。買物に行き,レジで

「598円です」

と告げられた直後,財布から代金を取り出そうとした直後に,今言われたばかりの金額を思い出せなくなってしまったのです。

 これはアルツハイマーの初期症状と似ています。そう,アルツハイマーは〈アミロイドーシス〉の仲間なのです。

第2話 運命のアドヴァイス

 私の病状に関して,大きな動きがあったのは,2013年10月5日(土)のことでした。

この日は真田孔明さんと平城寿さんが札幌に来て,セミナーを開催してくれたのです。セミナーの内容も非常に充実していて私の今後に多大な影響を与えてくれたのですが,ここでは省略します。私の病状に対する影響,それは孔明さんの発した一言,

「砂糖をやめたほうがいいですよ」

が生み出したものでした。

 それまでも孔明さんが砂糖断ちを勧めていたのは知っていましたが,自分が砂糖断ちをしようなどとは夢にも思っていませんでした。ソフトクリームは毎日食べるし,チョコレートを始めとしたスイーツ系は大好物でしたから。

 しかしこの日はなぜか,孔明さんのアドヴァイスに素直に従いました。私はこの日を境にして,すっぱりと甘いモノと縁を切ったのです。

 すると,私の体重はどんどん落ちていきました。98kgあった体重は減り始め,90kgまで減り続けました。私は喜びました。孔明さんのおっしゃっていた好影響が自分に出てきているのかは理解できませんでしたが,実際に体重が減り,日々の生活が楽になっていったからです。

 10月中旬からは,故あって独り暮らしになりました。私は妻と再会する時に不格好になっていたくはなかったので,体重のコントロールを継続することにしました。香港で妻と再会した2014年1月中旬には,体重は84kgまで減少していました。その時同じホテルに宿泊した孔明さんからは,

「相当健康になったように見えますよ」

と言われました。平城さんも同意してくれました。私を見た妻は驚き,

「体が小さくなった!」

と言っていました。私は嬉しかったんですが,この体重の減少は,もはや砂糖断ちの影響ではなかったのです。

第3話 告白

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 実は2013年末ごろ,私は自分が病に冒されているのではないかという疑いを持ちました。私が病気に対してどうしてそのように思ったのか,それはここでは伏せさせていただきますが,私は自分の予感は当たると思っていました。

 妻にも一応話をしました。もしそうであれば有効な手を打たねばならない。西洋医学を頼ったのでは,どうなるかわからない,私たち夫婦はそういう思いを共有しました。

 私が深夜にホテルのエレベーターに乗ろうとした時,偶然孔明さんと二人きりになりました。私は思わず,自身の病気について,孔明さんに相談していました。孔明さんは,それは良くない,すぐにグランドマスターを頼るべきだという話をしてくださいました。

 しかし私にはまだそこまでの固い決意はありませんでした。まだ病気に罹っているという確証があるわけではない,そういう気持でいた私は,本当は病気を認めるのが怖かったのかもしれません。

 その後,香港・澳門を旅する数日間,私の体調は悪化していきました。しかしせっかく久しぶりに妻に会い,銀婚を祝っているのだから,なんとか頑張ろう,そう思っていたのです。

 旅が終わりに近づき,香港空港で妻と別れた途端,私の体調は底まで落ちました。幸いなことに日本まで戻る飛行機が出発するまでには数時間があります。私は重い体を引き摺りながら,ゆっくりと搭乗手続きに向かうのでした。

第4話 採血日設定

 私が懸念していたとおりに,事態は進行していきました。これはもう,血液検査をするしかない,わたしはそう決意して,地元の病院を訪れました。

 何をどう説明してよいかわからない私は,とりあえず病院の総婦長さんに面会を求めました。そこで私の訴えを聴いてくださった総婦長さんは,病気に詳しい先生に相談してくれることになりました。

 1時間ほど待った後,総婦長さんは私にゆっくりと話し始めました。とてもいいにくそうでした。

 あなたの依頼は,血液を採取し,その病気を研究している大学病院にサンプルを送付してほしいということだが,そう簡単にはいかない。血液を採取することはできるし,それを送ることも簡単だ。

 問題は,あなたの血液は遺伝子を検査するために送られるというところにある。こういう場合は,病院内に特別委員会のようなものを立ち上げないといけない。プライバシー保護の観点から必要なのだが,この病院では,そういうものを立ち上げた経験がない。

 だから,そういう経験のある,隣町の大きな病院に依頼してはどうか。総婦長さんの話の要点は,そういう内容でした。私は丁重にお礼を言い,病院を後にしました。

 私は職場に戻り,管理職に相談しました。管理職は突然の事態に驚いたが,あなたの体が一番だ,あなたのしたいことを進めてくださいと言ってくださいました。

 そこで隣町の病院に相談したところ,前例がないことだけれども,なんとかやってみましょうという返事をいただきました。そこで私の血液採取の日程が決められたのです。

 時は2月,血液採取予定を数日後に控え,週末を迎えていました。私は咳が止まらないので,ストーブを焚いて室温を高くし,さらに寝具を幾つも重ねて暖かくして長時間眠りました。目が覚めた時には体調も回復しているだろう,そう考えていました。

第5話 急変

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 採血予定を2日後に控え,日本全国は激しい雪に襲われていました。北海道も例外ではなく,私の住む町も雪に埋もれていました。私はいつものように起床し,朝食を準備しようとしました。

 そこで初めて,私は異変を感じました。起き上がろうとしたのに,自分の体に力が入りません。なんとか起き上がってみたものの,視界は歪み,まっすぐに立ち上がることもできません。ふらふらと起き上がった私は,部屋の壁や柱のそこかしこに体をぶつけながら,なんとか台所に進みました。

 そこから後の記憶はありません。しばし空白を感じた後,私は台所に倒れている自分に気づきました。

 体のいたるところが痛い。そう思った私は,手足を確認しました。打ち身のような,大小様々な痣がみえました。しかし大きな怪我はないようなので,少し安心しました。

 私はなんとか事態を飲みこもうとしました。そして得た結論は,今の私には起き上がる体力はなく,朝食作りなど絶対に無理だということでした。

 私はのろのろと布団に戻りました。その途中で窓の外が異様に白いことに気づいた私は,カーテンを開けて外の様子を見ました。

 窓の外は,ホワイトアウトしていました。猛吹雪です。翌日は学校があるので,除雪をせねばならなくなりました。このままでは車で出勤ができないからです。

 しかし今の私には何もできません。布団に戻った私は,今後のことを考えようとしましたが,どんなに集中しようとしても考えがまとまりません。

 これはおかしい,そう思った私は,自分がインフルエンザに罹ったのだろうと結論を出しました。携帯電話は枕元に置いてあったので,同僚に電話をかけました。

 翌日はスキー学習が予定されていたので,私は出勤できないということを告げるためでした。

第6話〜第10話を読む

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