アミロイドーシス奮闘記 第56話〜第60話

第56話 取れた肝熱

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 8月7日,施術4日目。昨日も今日もホテルの部屋で豆乳を飲みましたが,何の問題もありませんでした。黄先生にその旨を告げると,先生も奥様もとても喜んでくださいました。

 成分無調整は入手できなかったのですがと話すと,奥様が

「砂糖は入ってたね」

と,ぽつりと言われました。まあ,入手できなかったものは仕方がないのですが。

 黄先生に施術して頂いている最中,複数の仲間の話にもなりました。みなさん各々事情をお抱えのようでした。黄先生はなかなか治療院に戻れなくて,困っておられるようにも感じました。

 施術中にSkypeがつながり,子宮筋腫でお困りの患者さんについての打ち合わせが始まりました。お弟子さんがどこかで施術されるのでしょう。まるで遠隔治療のようだ(実際には患者さんはSkype先にもおらず,治療行為はないのですが)と思いました。

 右脚のふくらはぎ近くを指で押された瞬間,ぴりっとした痛みを感じました。しかしその痛みは一瞬で消えました。黄先生は,大丈夫だよと言いながら,何もなかったように施術を続けられました。先生曰く,これは豆乳に含まれていた糖分の影響だということでした。

 施術中,黄先生は何度も,相当良くなっている,肝臓の熱はほとんど取れたと言われました。会話の途中,ホテルで就寝時の冷房が不要になったこと,これからは頑張って水泳もやりたいと思っていることなどを話しました。夏休み明けには,水泳学習が授業時間に組み込まれているからです。黄先生との話で,これからは豆腐も導入していくということになり,嬉しかったです。

第57話 新たなステージへ

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 黄先生が突然,

「これで治ったら,手術しなきゃ治りませんというのはなんなんだということになりますよね」

とおっしゃいました。難病を抱えて困っている患者がたくさんいて,西洋医学的な病名とか症状とかには差があるけれども,あなたと同じものを食べている。それで治るんなら,食事療法を徹底すればいいんだっていうことだと,黄先生はおっしゃいました。

 これは,西洋医学では食事療法と言っても,ここまで徹底しないからダメなんだという話の流れで出てきたのです。そして私が治っていく過程は,多くの人を励ますという主旨に,話は流れていきました。私は自身に使命感を感じ,神経が高ぶっていきました。

 昨日から摂取を始めた豆乳や帰宅後に始めるラム肉食について,摂り過ぎて具合が悪くなったら止めるということかとお伺いしたら,黄先生はそうだとおっしゃいました。また,具合がわるいというのは自覚できるのかを伺ったところ,動けなくなったりする,自覚できるとの事でした。

 タンパク質摂取で様子を見て,よければ今後は塩や酢を入れていく。そうしてどんどん増やしていくのだとのことでした。タンパク質導入は3ヶ月ほどかけようと。つまり今年いっぱいくらいだということでした。

 余命5年と言われた私の体は,着実に改善しているらしく,来年には新たなステージに進むことができると実感できて,身の引き締まる思いがしました。

 朝食を摂ってから消化活動があり,それが収まってから内蔵の修復活動が始まるということは,早めに朝食を食べたほうが良いのだろうかと黄先生に尋ねると,そうだとのことでした。だから朝食は早目(午前5時ころを目処)に摂ることに決めました。これからの進捗状況はこまめに連絡をくれということでした。

 奥様のウォールに,肝臓腎臓強化部の記事をシェアすることにしたので,喜んでいただきました。黄先生には,治療行為が関わる内容をアップする時には必ず事前に連絡して了承を得ることを話しました。

 施術終了後,奥様が,今までの治療は記録にとってあるということを黄先生に向けて話されていました。所謂カルテにあたるものなのだろうと思いました。

 4日間のお礼を述べて,10時35分過ぎ,タクシーに乗り込みました。

第58話 病を得てブラッシュアップ

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 東京から戻ったら,すぐ学芸会の準備にとりかかりました。まずは中断していた脚本を完成させます。

 この脚本を最初に作ったのは,もう15年以上も前になります。当時は1年生の担任で,脚本も非常にやさしく分かりやすいものにしました。1年生の中にはまだ上手にお話をすることのできないお子さんもいたので,私は自身のポリシーを曲げて,セリフを当てずに歌のみの役も作りました。

 このミュージカルは保護者から大喜びで迎えられ,脚本は先生方からの評判もよかったので,転勤して5年生を担当した時には,内容をレヴェルアップして再演しました。その後は10年ほど,日の目を見ない歳月を送った脚本でしたが,満を持してという感じでブラッシュアップされていきました。

 まずは全員にセリフを当てること。そして,今年の子どもたちが得意なダンスシーンを導入すること。極めつけとして,劇中歌のピアノ伴奏を子どもたちに演奏させようというキャスティングを施しました。

 セリフを全員に当てることは当然としても,その他の仕掛けは,今までの私なら考えられないことです。自分の作る脚本通りに進めば,絶対に失敗しないし,観客に喜んでもらうことができる…私の“脚本観”は,そういうものだったのです。

 しかし今年の私は違いました。子どもの実態を見て,出来る限り子どもの力に依拠し,それを通じて子どもの新たな力を引き出すことに腐心しました。これは病を得たことによる,私の成長でした。

 人間は一人では生きていくことはできない。各々の得意とするものを発揮しつつ,お互いの存在に励まされながら前進するのだ,私はそう確信したのです。そしてその思いを発露させる場として最適だったのが,学芸会というステージだったのです。

第59話 クアッドコプターと学芸会

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 以前にも書いたように,自分の好きなことに取り組んでいる時にはあまり体調が乱れないという実感が私にはありました。だから学芸会の劇指導に立候補したのです。このことと並行して,私はあるものを購入しました。それはクアッドコプターです。

 以前から平城さんを始めとして,空撮の面白さを伝えてくださる方がたくさんおり,自分自身も興味を持っていました。これを休日に楽しめば,一日体調は良い状態を維持できるかもしれない,私はそう思っていました。

 そして偶然,私でも手の届く価格で販売されているのを知った私は,何の戸惑いもなく購入を決めました。

 休日というと,ほとんどの方は嬉しい日だと思うでしょう。しかし発病してからの私は,休日が恐ろしくてたまりませんでした。金曜日,疲れた体を引きずって帰宅した私は,とりあえず休んでから夕食を作ろうとします。暫し休息した後に夕食作りをするはずなのに,私が再び起きあがることはまずありませんでした。もう,起き上がるのが非常に辛いのです。お腹も空いていないし,明日の朝食でエネルギーを補給すれば良い,私はそういう風に流されていきました。

 その結果どうなるか。土曜日の朝,目は覚めるけれども起き上がる体力は私に残されていませんでした。意を決して立ち上がってはみるのですが,私を確実に襲うめまいは,私から気力を奪っていきました。

 そうこうしているうちに,時間は過ぎていきます。私は目を覚ましたまま,何もできずに日曜日を迎えるのです。勤務日にはなんとか床から這い出してくるものの,週末ごとに私の体重は減少していきました。どうにかせねばならない,私は焦っていました。

 そんな時,クアッドコプターに出会ったのです。これは面白い。これを休日の朝に空に向けて飛ばそうと,私は喜んで飛び起きるだろう。そう思った私は,クアッドコプターを購入したのでした。

 狙いはズバリ的中しました。この日を境に,私は休日の朝の過ごし方を変えることができました。クアッドコプターと学芸会,私は好きな物に弱いんだなぁと思い,苦笑いしました。

第60話 それは子どもへの指示なのか?

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 練習が進んでいきます。時間毎の練習は,当初は関連性がなく,子どもたちの意欲に支えられて前進していきました。

 ミルフィーユという菓子は,多層の生地の間に,様々な味わいのものを挟んで作られます。一層ごとに味わいを求めても,失望します。これはやはり,様々な部分を一緒に食して初めて,その上品な味わいが判るのです。子どもたちは全体像を把握する前に部分を作っていくという,ミルフィーユを部分で味わうということを求められていたのです。

 子どもたちは,台本の原作になった絵本が大好きでした。その気持に依拠して練習は続いていったのです。

 最初は練習を楽しんでいた子どもたちも,次第に飽きてきます。全体像を示さないままの練習は,もう限界に達していたのです。

 なぜ全体像を示さなかったのか。それは,子どもたちの意識が分散してしまうのを避けるためでした。美味しいミルフィーユも,美味しい生地をつくり上げるところから始まります。生地という名の部分の質が高くなければ,それを組み上げた菓子という名の作品が上質になるわけがないのです。

 今までの劇指導は,これでうまくいっていました。しかし今回は,子どもを高い集中度に導くことができません。私はここで,自身の体力不足が,指導の説得性低下を招いていることに気づきました。

 子どもの演技を見,模範を示すにも,体力が必要なのです。しかし私には模範演技をするまでの体力はありませんでした。私の指導・指示は,徐々に具体性の低いものになっていきました。いわゆる“精神論”のようなものになっていったのです。

 これでは子どもが意欲的に練習に取り組めるはずがありません。しだいに騒がしくなる子どもに対する指導は,険しいものになっていきました。

 帰宅後体を布団に投げ出し,天井を見つめながら,私は

「これは指導なのか? 指示なのか?」

と呟いていました。

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